「分かりました・・・」

天上院が『ヤツ』だったら自らオレに報復のチャンスを与えたようなものだ。
仮に・・・天上院が『ヤツ』じゃなかったとしても、裏社会に関わっているなら、何らかの情報が手に入る。
それに・・・オレの知らないカイザーの話も聞く事が出来るかも知れない。

「ここで・・・暮らします。天上院さんと」

オレは静かに自分の決意を告げた。
打算や駆け引きだろうと構わない。
少しでもカイザーの手掛かりを入手出来るのなら・・・。

「いい子だね。じゃ、今日からよろしく。十代くん」

オレの考えなど気付かぬまま天上院は満足そうに言った。

「いい子って・・・子供扱いしないでくださいよ・・・」

何気ない天上院の言葉に毒気を抜き取られていく感じがした。
結局、オレは天上院のペースに呑まれていたのかも知れない。
天上院は時計を確認すると、そろそろ店仕舞いだから部屋で待つようにと指示してきた。
オレは言われるまま二階にある天上院の部屋に向かった。
独身男の掃除の行き届いていない、六畳一間の部屋。
服や雑誌、ゴミなどが散乱して狭く、ホコリか何かで畳は黒ずんでいる。
何だかむさ苦しい男臭いにおいまでする・・・。
あんな綺麗な外見でこの部屋。
掃除出来ないのか、アイツ。
意外過ぎて・・・少し笑ってしまう。
汚さに呆れながらも部屋を眺める。
これといって物騒なモノは置いていなさそうだ。
この部屋にカイザーも来た事があるのかな・・・。
仕事をする上でお互いの命を懸け合うのなら、店先だけでなく、部屋に上がっていてもおかしくない話だ。
ぼんやりとカイザーと天上院がこの部屋で話している姿を思い描いた。
しばらく待っていると、天上院が下から声を掛けてきた。
呼ばれるまま店へ降りていく。

「一応聞いておくけど、キミの次の仕事って何だったんだい?」

店を閉め終えた天上院が、オレに質問してきた。
依頼内容を話してもいいものか?
オレは少し考えた。
デイビットからの依頼内容を話す事のリスク・・・いや、リスクどころか、上手くいけば話の流れで天上院がボロを出すかも知れない・・・。
オレはそれに賭け、デイビットからの依頼内容を一通り話した。

「ふーん・・・それは何とも物騒な話だね。これは、ますます今のキミには荷が重いなぁ」

確かに、殺しの依頼は、あのラブソフト・・・。
事が大き過ぎるのは分かっていた。

「キミはやらないよ」

その言葉に、オレは顔を上げた。



『お前は断らない』



カイザーのマンションに連れて行かれた、あの日。
オレに副業を頼みたいと言って、決断を迫ったカイザー・・・。
あの時と全く正反対の事を言われている・・・。

「なぜ・・・」

ごくり、と喉が鳴る。

「キミは亮とは違う。殺し屋の仕事引き受けた時だって、どうせ善とか悪とかで葛藤していたんでしょ?」

心の奥底を見透かされたようだった。
確かに、初めての『仕事』で名蜘蛛コージを殺す寸前まで・・・オレは得体の知れない疑問と戦っていた。
黙り込むオレに、天上院は続けて言う。

「僕が思うに、キミは亮程潔く出来てないよ。全て亮あっての決心だったんじゃないの?」

カイザーあっての決心・・・。
確かにカイザーの存在があったからこそこの世界を選んだ。
言い当てられ、何も言い返せずにいると、天上院が仕切り直すように言った。

「ま、何にしろ明後日じゃサイレンサーの調達も間に合わない。間に合っても渡す気はないけどね」
「でも、オレはもう依頼を・・・」

言い掛けた言葉を、天上院が遮った。

「それよりさ、今から亮の思い出話にでも花を咲かせた方が生産的なんじゃない?今のキミにとっては・・・さ」

思い出話・・・オレの知らないカイザーの過去。 興味はあるけど・・・、どうするかな?



聞かない
聞く